TOP TALK SESSION
トップ対談
地域の未来像と企業のビジョン
石井 繁紀(石井設計グループ 代表)×内山 充(株式会社 上毛新聞社 代表取締役社長)

価値ある建築と都市を創造し
地域社会の人々に豊かさや楽しさのある生活環境を提供する

石井設計グループ創立100周年を記念して、同グループ代表 石井 繁紀と、群馬を代表するメディアである上毛新聞社 代表取締役社長 内山 充氏の対談が実現した。対談場所に選ばれたのは上毛新聞TRのオフィスビル。新前橋駅前の交差点に建つこのシンボリックな建物は、石井設計がプランニングに携わった。これまでも幾度となく面識のあったお二人。しかしながらじっくりと向き合う機会は今回が初めてとあって、群馬の魅力、まちづくり、未来像とそれを実現させるためのビジョンにいたるまで、ガラスに覆われ開放感のある応接室で、周辺の景色が夕暮れ色に染まるまで、予定時間を越えておおいに語り合った。

VISIT TO PORTLAND

出会いの場となった
ポートランド視察

内山
2016年4月のことですが、まちづくりプロジェクト・前橋ビジョンのメンバーの1人として、私は米国オレゴン州ポートランドの視察に参加しました。ちょうど同じタイミングで群馬経済同友会の団体も視察に来られているということで、夜に交流の場を持ちましたね。
石井
はい。私はポートランドがまちづくりで先進的な街だということで、群馬経済同友会の地域創生委員長として視察に来ていました。そこで前橋ビジョンの方たちに食事会でもどうかと話を持ちかけたという経緯です。そこには内山社長もいらっしゃって「時差ボケで大変だよ」とおっしゃいながら、気持ちよくお酒を飲まれていたのを覚えています。
内山
実はね、それほどポートランドのまちづくりに期待はしていませんでした。そうしたらとんでもなかった。まちづくり、行政の在り方、住民参加のあるべき姿などを実際に目の当たりにして、おおいに刺激を受けました。
石井
おそらく我々も同じようなコースを巡ってきたので、共有できるものがたくさんあると思います。
内山
私が一番感動したのは、ポートランド当局と組んで、街のデザイン設計から建築、造園も含めて、ZGFという企業に権限が与えられていたことです。日本は行政が縦割りで、まちづくりもまた設計、施工、造園業者がいて縦割りの組織のようです。これでは街の総合的なデザインができるわけがないですよ。縦割り組織の日本とはまったく違うポートランドのまちづくりについて、石井社長がどう思われたのかお聞きしたかった。
石井
国内では、大都市にある大手企業が地方も含めて都市計画を幅広く行っている例が多いようです。それに対してポートランドでは地域で独自の考えを持ちながら、経済を動かすためのまちづくりがよくできていました。まず分母としてきちんと住居を造って人を呼び込み、住む人を増やす。その人たちが使ってくれることでお店も回る、そうすると商業施設も自立してくるといった循環型の街がデザインできていることに正直驚きました。
内山
1階部分は必ず商業施設を入れることが条例で定められていて、その上の階に住宅を配置して人を動かしていこうというまちづくりでしたね。人が徒歩で移動できるように街が設計されていて、公共交通機関として路面電車が走っていて。「全米一住みやすい街」と言われるだけあって、非常にきれいな街でした。
DESIGN WORKS

上毛新聞TRオフィスと
設計事例

石井
この建物は弊社が設計して2017年に完成しました。当時いらっしゃった渡辺会長から「通りを歩く人にも中に飾られた絵が見えて、楽しくなるような雰囲気に新前橋を変えていきたい」というお話がありました。そこで外観はガラスのファサードで内部を見えるようにして、なおかつ広告代理店の情報量の多さやスピード感を重視し、長さのあるファサードにランダムな小庇を配置して表情を付けました。内部空間はロビーとオフィスの連続性を意識して、吹き抜けで上下階のつながりと広がりを感じられるような設計です。絵画はTRさんのセレクトで、県内の作家さんの作品が飾られています。
内山
新前橋は通りを見てもわかるように非常に若い人が多いですよね。そもそも上毛新聞社が県庁前通りから新前橋に移転したのは1964年、東京オリンピックの年でした。創刊は明治20年11月1日ですが、移転時に上毛新聞の一面トップでは「決意も新たに第二の創刊」と大きく扱いました。その当時、群馬銀行をはじめとする大きな企業が近くに集中しましてね。発展性やポテンシャルを感じて我々は新前橋に進出したようですが、今になってみて、果たして最初に思ったほど発展したかどうか。
石井
確か、新前橋のエリアには新都心計画があったと聞いていますが、都市の構造が拡散した上に、人口減少が加わり、発展が減退してしまった印象でしょうか。
内山
それを踏まえると、この新前橋の交差点に上毛新聞TRのビルが一新したということに大きな意味があるのではないかと思います。過去を振り返ってみてもそうであるように、新前橋が未来に発展するためのターニングポイントになるのではと位置付けていますので、石井設計さんにきれいなビルを造っていただいて感謝している次第です。
石井
ありがとうございます。近年の県内事例としては、前橋市の小学校の合併に伴う建て替え計画で、2018年に前橋市立桃井小学校が完成して、翌年に業界団体から日事連建築賞をいただきました。設計はTRさんのオフィスと同じ担当者です。それから昨年には、前述のZGF社に協力していただき、前橋市アーバンデザイン策定業務をつくりあげました。そして、これを有する前橋市と一般社団法人前橋デザインコミッションが、先駆的な地域開発の取り組みを表彰する「先進的まちづくり大賞」の最高賞にあたる国土交通大臣賞に選ばれたことは、弊社としても喜ばしい限りです。
MOTTO

老舗企業を
背負うリーダー
それぞれのモットー

内山
上毛新聞社は133年の歴史があり、私は九代目の社長です。「侃侃(かんかん)の論(ろん)、諤諤(がくがく)の議(ぎ)、党せず偏せず群馬県全県下を代表し、一意熱心世論の渙発者(かんぱつしゃ)となり、社会の羅針盤をもって辞任せん」。発刊の辞にあるこの言葉は私が社員に伝えているメッセージです。要するに、渙発者(かんぱつしゃ)とは情報を発信する者、羅針盤は群馬の方向性を見定めるための道具で、そのためには何が必要かというと侃侃諤諤(かんかんがくがく)、つまり皆でいろいろな意見を出しましょうということ。新聞はまさにその通りで社員も然り。すべてトップダウンではなく、社員が意見を戦わせてそれを皆で集約していくことが必要ではないかと思っています。上毛新聞の全ページ広告のキャッチコピーに「出る杭、求む!」と大きく載っていますが、見たことあるでしょう。
石井
群馬イノベーションアワードのキャッチコピーですね。
内山
私は社長として問いたいのは、果たして社員に対しては出る杭を求めているのかということです。出る杭は煙たがってつぶしていないだろうか、社外に対して「出る杭、求む!」と堂々とうたっているのであれば、社内でもそうしたいというのが、私の信条です。
石井
なるほど。非常に深いお話ですね。石井設計は祖父が興した事業をもとに、父が成長させ、三代目の私が引継ぎました。祖父は新潟県新発田の生まれの長男で、建築を志して上京し、1920年に「石井研究所」を創立するのですが、関東大震災、取引金融機関の破綻、親族の相次ぐ死と大変な時期を乗り越え、第二次世界大戦に突入すると水上町に疎開しました。そこからは群馬とのご縁で、父は祖父の弟子として修業し、水上でホテル関係の仕事を始めました。当時レストラン王と言われた上野の聚楽が旅館業に進出する際に父が見込まれ、「聚楽グループ」の観光ホテルを次々と設計したんですね。聚楽の本社は上野にあって水上では不便だということで、どちらにも動きやすい前橋に事務所を移したわけです。
内山
そうでしたか。やはり戦争の影響は大きかったでしょうね。
石井
こうして改めて祖父や父の軌跡をたどると、苦労人が苦労を重ねて、縁を活かしながら臨機応変に環境や潮流に対応して仕事を続けてきたんだなとつくづく思いました。ですからモットーとしては「時代に合わせて的確に変化しながら、情報を敏感にキャッチして流れを掴む」。まちづくりもそのタイミングの一つ。しっかり見ていこうと思います。
POINT OF VIEW

前橋市に拠点を置く
両社から見た
群馬の魅力や利点、
そして課題

内山
私も長い間新聞記者として多くの記事を書いてきましたが、改めて群馬の特徴を考えてみると、それは高低差つまり「標高」です。草津町役場の標高は1181mで、板倉町役場は17.6m。その差は1163mで全国一です。どういうことかというと、そこに利根川の流れがあり、数ある河川は利根川に合流し、やがて太平洋に注がれ、そこには産業がいくつも張り付いています。下流の板倉や館林は食料品製造業系の企業が多く、太田や伊勢崎には自動車、電機メーカー系の企業があって、中流の前橋は行政の中心で、高崎は商業の中心、さらに上流に行くと温泉や観光地がある。農作物も平野部と山間部で異なる。多様性があります。

そればかりか一極集中の都市もありません。高崎の人口が37万、前橋が33.5万、次に太田、伊勢崎、桐生と10万以上の都市が続き、その周辺にも小さい都市があって、効率を求めたら、みんな一緒になった方がいいとなる。一極集中していれば新聞経営にとって1カ所抑えれば済むでしょう。ところが、地域ごとの風俗やそこに住む人たちの思いはまた違う、それが群馬なんですね。

そこで新聞社の役割は何かというと、地域の人たちの気持ちに沿った紙面を作っていくこと。求められているソリューション・ジャーナリズムという問題解決型報道は、読者や地域の皆さんと一緒に知恵を出していくことで、それはまちづくりも同じことじゃないかと思います。
石井
内山社長がおっしゃったように、分散型都市構造をしていますので、宇都宮のような都市型構造がうらやましいという流れがありました。合併すれば財源も増え、政令指定都市になればと、よく議論もされました。確かに市場がまとまれば効率的で企業経営も楽ですが、人口の減少状況を見ると、もうそこに高望みしても無理な気がしています。

海外を視察した中ではフランスのストラスブールは人口20数万でしかないのに、LRT(ライトレールトランジット)が走っていて、きちんとまちづくりが形成されていました。そこはやり方次第なんだと思った時に、地域に経営者として自ら関与して、市民を巻き込んで自分たちの街をどうしたいかのビジョンを描く必要があると感じています。前橋は前橋、高崎は高崎、太田は太田というように地域でできるかどうかなんです。

大都市とおおきく違うのは距離感の近さ。例えば、東京に住んでいると区長にも、ましてや知事に会うことなんて無いでしょう。我々は市長の存在を身近に感じることができ、今回のように新聞社の社長にもお近づきになれる。そういった親密感を機能させれば、コミュニケーションが生まれ、次のステップに進める。このようなエネルギーの共有が持てれば、新しいビジョンが生まれます。まさに前橋は今そんなことになっていると思います。大都市にはなれないのだから、地域の個性を生み出していくことが、これからの流れだと考えています。
FUTURE VISION

石井設計が考える
これからの建築、
都市環境へのビジョン

石井
「価値ある建築と都市を創造し、地域社会の人々に、豊かさや楽しさのある生活環境を提供する」このスローガンは、石井設計グループが10年先を見据えて2017年に発表したビジョンです。10年間かけてこれを実現していくという考え方です。そのビジョンを達成するために細分化していくと、まず、価値ある都市の創造は、「石井アーバンデザインリサーチ」というグループ会社が行っています。前述の前橋市アーバンデザインを策定したり、再開発コンサルティングなどのまちづくり事業に関わっています。
そして、価値ある建築の創造には「ISHII-DESIGN」と「BIM」と「ZEB」という3つのテーマを掲げています。どの領域にもプレゼン、3D、シミュレーションといったデジタルツールは必須で、デジタル化の推進が大きな課題になっています。我々は建築と都市に関わるソフト産業ですから、これらのデジタルツールを駆使しながら、いかに顧客に前倒しで理解しやすいものを視覚化して提案していけるか専門家集団としてのレベルを引き上げていき、技術に裏付けされたデザインを提供するということが我々のミッションです。
石井
また「環境」も大切なキーワードの一つ。今の日本は産業部門や運輸部門のエネルギー消費量が減少傾向にあるなか、事務所ビル、商業施設、家庭などを含む民生部門のエネルギー消費量が著しく増加し、全エネルギー消費量の3分の1を占めている背景があります。
石井設計はZEBプランナーとして環境に取り組み、省エネルギーに配慮したプランニングをトータルサポートするとともに、建築に関わる地域のリーディングカンパニーとしての役割を担っていきたいと考えています。
内山
群馬の住みよいまちづくり、そして未来都市の発展のために、今後ますますのご活躍を期待しています。
石井
ありがとうございます。

BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)

意匠上の表現のためのモデルだけではなく、構造設計や設備設計情報のほか、コストや仕上げなど、付随する情報すべて1つのデータで管理できる設計のこと。建築物を施工する前にコンピューター上で3次元モデル生成を行い、それを活用することで意匠・構造・設備などさまざまな仕様やコストを管理したり、環境性能やエンジニアリングのシミュレーション、エコロジーでコスト効率のよい計画立案が可能

ZEB(ゼロ・ネット・エネルギー・ビルディング)

省エネ性能の向上や自然エネルギーの活用により、年間一次エネルギー消費量をゼロ、あるいは、おおむねゼロになる建築物のこと。ZEBの設計においては、断熱・日射遮蔽・自然換気といった建築物自体の性能を向上させるとともに、空調・照明などの建築設備をエコ仕様にすることが重要